■第十八号■ 芳年の清姫

◇いま私の手元に、浮世絵師・大蘇芳年(月岡芳年)の『血の晩餐』(番町書房刊)という、おどろおどろしいタイトルの付けられた画集がある。

◇それは二十年ほど前に、アルバイトで貯めたなけなしの金をはたいて買ったもので、その当時、その本は二万八千円もして、しばらくの間、私の生活は困窮を余儀なくされたのであった。(それは百科事典の倍ほどはある、分厚くて、重い画集なのである。)

◇『上野の歌麿』の章でも述べたのであるが、その当時の私は三島由紀夫の影響もあって、その画集を買ったのであった。
三島はその本の”序”を書いており、彼が好んだ浮世絵とは一体どんなものなのかを、とても知りたかったのである。
ここにその全文を掲載しようと思う。

◇序にかえて 三島由紀夫
大蘇芳年の飽くなき血の嗜好は、有名な「英名二十八衆句」の血みどろ絵において絶頂に達するが、ここには、幕末動乱期を生き抜いてきた人間に投影した、苛烈な時代が物語られている。
これらには化政度以後の末期歌舞伎劇から、あとあとまでのこった招魂社の見世物にいたる、グロッタの集中的表現があり、おのれの生理と、時代の末梢神経の興奮との幸福な一致におののく魂が見られる。それは、退廃芸術が、あるデモーニッシュな力を抱懐するにいたる唯一の隘路である。

◇三島らしく、ひねって簡潔で高尚な序文なのである。

◇ただ、人生の半ばを過ぎてみると、そんな血みどろの作品群も、ちょっと観賞するのがしんどくなってきている。

◇しかし、芳年の『新形三十六怪撰』という妖怪画を扱ったシリーズの中の、『清姫日高川に蛇体と成る図』というのは、とても美しい浮世絵なのである。

◇謡曲や歌舞伎でなれ親しんだ『道成寺』の安珍清姫の物語を、浮世絵化したもので、清姫が安珍を追いかけて、いまにも蛇体となって日高川を渡ろうとする場面なのである。

◇絵巻物にあるように、清姫の顔が化け物そのものになって口の両端が裂け、蛇のような舌を出すというものではなく、あくまでその横顔は普通の女であり、清楚でさえあって、一途に愛欲を表現しているのである。

◇清姫のざんばらになった長い髪は濡れ、身にまとった白地に紫色の三鱗柄の着物と、解けた緑色の古典柄の帯がそれを暗示しているのであった。

◇そして、清姫が髪をぎゅっと握りしめているところに、女の情念が垣間見える傑作なのである。

◇芳年は、天保十(1839)年、江戸新橋丸尾町に生まれ、十二の歳に奇才歌川国芳の門下に入ったようである。

◇十五歳にして、デビュー作『文治元年平家一門海中落入』図(三枚つづき)を出していることを考えると、早熟だったことは間違いないだろう。

◇浮世絵師になった当初から、芳年は血みどろ絵ばかり描いていた訳ではなく、従来の浮世絵師と同じように『芝居絵』、『役者絵』や『歴史絵』を描いていたのである。慶応年間になって、前述した『英名二十八衆句』を兄弟子・芳幾との競作という形で発表したのであった。

◇無惨絵は、芳年・芳幾の専売特許ではなく、師匠の国芳にせよ、絵金にせよ、豊国にせよ描いているのである。だが、シリーズとして描いたのは、芳年らと広瀬金蔵(絵金)だけであろう。

◇芳年は、江戸末期の戦争報道カメラマン、ロバート・キャパや一ノ瀬泰造のようなものではなかっただろうか。

◇実際、彼は上野のお山であった彰義隊と官軍の激しい攻防戦を取材したということである。それは、兵力で数段勝る官軍の一方的なものだったようであるが……。

◇上野の戦争を題材として描いた『魁題百撰相』は評判を呼び、幕末・維新という不安定な世相を反映してか、芳年のサディズムの極致のような浮世絵の注文は、版元から殺到したようであった。

◇時代が彼を必要としていたのかもしれない。

◇キャパや一ノ瀬のように、芳年は戦場で死ななかったけれども、その後神経を病むのである。彼が神経衰弱(鬱病?)になるのは、戦争の後遺症なのか、それとも無惨絵ばかりを描いていたからなのかは分からない。

◇それから明治の世になり、世相が安定してくると、彼の病んだ心もじょじょに平静を取り戻したようであった。

◇それから西南の役が起こると、彼の隠された本性なのか、生活に困窮してなのか、それとも古いつき合いの版元から依頼されてか、取材にこそ行かなかったようであるが、何枚もの戦争画を描いていたのである。それもまた、その時節とても評判になったようであった。

◇その後、芳年は以前のエログロとは打って変わって、数多くの美人画を発表するのである。歌麿と比較するのはどうかと思うが、歌麿のそれが肉感的で性をイメージさせるのに対して、芳年のは、どちらかと言えば線が細く、清らかともいえる女性像を多く描いたのであった。

◇芳年の放った花の精は確実にその根をおろし、弟子であった水野年方、鏑木清方、伊東深水といった、その後の美人画の大家として、その実を結ばせたのである。

*参考文献:『血の晩餐=大蘇芳年の芸術=』 番町書房刊




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