■第七号■ 福田平八郎『漣』、『雨』

◇はっきり言ってしまうと、日本画家・福田平八郎の作品は出来不出来が激しい。
彼の静物画など、絵を習ったばかりの子供が描いたような稚拙なものも見受けられ、私はこの作家は本当にプロなのか、と一時期疑ったほどなのである。

◇だが題名に挙げた二点は、その中でも傑作であり、新しい日本画の方向性を啓示する=日本画の歴史においても卓越した=平八郎の代表作といっても言い過ぎではない。

◇数年前、米国・シカゴの博物館だったと思うが、日本画展が開催された時、『漣』が出展されたそうである。(記憶が定かではなく、ボストンだったかも知れない)なかなか好評を博したようである。

◇『漣』は、静謐の中にある池面(湖面)に、ぽーんと小石を投げ入れた時に起こる波紋を、二曲一双の屏風に描いたものである。
その瑠璃紺の小さな漣はゆっくりと、そして静かに、私たち観る者の側に押し寄せてくる。
ただ、それだけなのである。
私はその屏風絵を初めて観た時、これはデザイン画ではないのかと思ったほどなのだ。

◇『雨』にしてもそうなのである。
京都の町屋のような屋根が極端にデフォルメされて、画面いっぱいに濃い灰色の瓦の列が描かれている。
そこに、ぽつんぽつんと今にも雨が本降りになりそうな気配を、屋根瓦に雨の滴が数滴描かれ、暗示したものなのである。
画面からは、夕立のはじめの、あの雨と土が混在した、ある種懐かしいような匂いが漂ってくる。
画面は灰一色で、間違いなく地味なものなのに、フランスの印象派のような暗さは微塵もない。
そこが平八郎のすごいところなのだ。

◇平八郎は、一時期琳派に傾倒していたことがあるそうである。
だから日本画を、琳派を蒸留し、純化すればするほど、平八郎のように、(良い意味で)限りなくデザイン画に近づいてしまうのではないか。

◇そこには時間と空間を超越し、抽象性を排除しながら、果てしなく抽象的な画風を構築しているのである。
まさにアンビヴァレンス=両面価値的=な作風でありながら、古から連綿と続く日本画の持つ風趣を壊すことなく、その図上で表現しているのである。

◇私があえて言うまでもなく、この号で取り上げなかったとしても、平八郎の絵画は後世もずっと語り続けられることであろう。
福田平八郎の画は、それほどのものなのである。

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