
[東大寺・百日紅]
| ■第二号■ 吉野の金屏風 ◇私が奈良の吉野を初めて訪れたのは、夏の盛りの、吉野神宮の百日紅が、その濃い桃色の花を咲かせる時節であった。 山間の猫の額のように狭い土地に、山岳修行の聖地で、京都を追われた源義経や後醍醐天皇のゆかりの場所が所々にあって、私はひどく興奮していた。 ◇そんな時ガイドブックを見ていると、竹林院という寺に、千利休が作ったといわれる池泉回遊式の群芳園という奈良三名園のひとつがあるという。 その寺は旅館も経営しているということだった。 私はあまり見たいとは思わなかった。 ◇それはそうではないか。 役行者(えんのぎょうじゃ)や義経や後醍醐帝の怨念が、いまだ渦巻いているようで、下界の俗を断ち切るかにように、金峯山寺の巨大な仁大門がそそり立つ彼の地で、都会の茶道の宗匠が人工的に作った庭など、京都に行けば、十二分に観賞できるではないか、と。=茶道については、また別の機会に述べようと思っている。= ◇私はその時、吉野とともに、はるか彼方にある黄泉の国・熊野に思いを馳せていたのであった。 ◇ただ、吉野まではるばる来たのだからと思い直し、入園料を支払って入った。 庭園は可もなく不可もなくといった具合だった。 やはり奈良では庭は無理だと思い、私は休憩するために旅館のロビーへ行ったのである。 ◇私がロビーのソファーにしばらく座っていると、それはガラスケースにきちんと納められて、奥ゆかしいそうに鎮座していたのであった。 次の瞬間、その金屏風が私の眸を釘付けにしたのである。 ◇それは、狩野元信作と伝えられる四曲一双の『夏冬芭蕉』という題名のついた屏風であった。 画面にあふれんばかりに描かれた大ぶりの芭蕉の葉。 それ以外には、何も描かれてはおらず、背景に金泥がほどこしてあるだけで、たしかに安土・桃山文化を色濃く繁栄した作風で、豪放磊落といえる作品だった。 ◇右隻には、青々とした葉を持つ芭蕉が描かれていて、もう一方には、その葉にほのかに白雪が積もった冬の図で、長谷川等伯の作なら理解できるが、とても古狩野の作風には見えない。 傷みも少なく、保存状態もすこぶる良いものであった。 ◇国宝でも重要文化財でもなく、作者が誰でも構わないのだが、荒ぶる魂の地=約束の鎮魂の地=吉野で、そんな名作に出逢えるなど夢にも思わなかった。 その金屏風を見て、私の胸は、しばらく高鳴りを止めそうにはなかったのである。 |

[二月堂への道]
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